陶磁器のある暮らし2018-02-07T00:44:58+00:00

東北最古の焼き物の秘境、会津本郷

多様な創り手の、一貫した想い

会津本郷 、瀬戸町。昭和の町並みが残るメインストリート、瀬戸町通りから分かれる細い道々に、十三の窯元が点在しています。立ち並ぶ民家に溶け込んでいる窯元。
訪れる人は、窯であることに気付かずに通り過ぎては笑いながら後戻り。時間と空間を行き来するような、迷路のような会津本郷焼の窯元巡りを楽しんでいます。
会津本郷焼。東北最古で、全盛期は百を超える窯元があった焼き物の産地としては、あまりに知名度が低いかもしれません。会津という肥沃な盆地にあったために、地域内での需要で十分だったことと、自らの作品を売り込むことを避ける会津人気質が、会津本郷を焼き物の秘境とならしめたのでしょう。そんな知る人ぞ知る会津本郷焼の面白さは、十三の窯元それぞれの個性の豊かさ。

陶器と磁器が同時に作られること自体、産地としては珍しいものですが、さらに、本郷焼と総称してよいものか迷ってしまうくらい、作風も 、方向性も、考え方も多種多様なのです 。
しかし今 、それぞれの窯元が、会津本郷焼という稀有な産地を残すべく、ともに手を取り合っています。

陶磁器のある暮らし。

かつては傍らに農業を営みながらも、町のほとんどの人が陶芸という産業に従事してきた。土や磁石を掘り起こし、ろくろを回し、絵付けをし、登り窯に火を入れて、器を製成する。長い時間をかけて、すべての工程を手作業でかつ一貫して行う、町総出の産業であった。会津の郷土料理「にしんの山椒漬け」作りに適する「にしん鉢」で広く知られるようになった会津本郷焼。外見は素朴だが中身はしっかり、というまるで会津人気質を反映するかのような焼き物はこの土地で生まれたもの。時代の流れとともに、工程の機械化や需要の変化により、徐々に規模は縮小し、現在は13窯元、登窯1つとなるが、その歴史は細くも脈々と今に受け継がれている。

そんな町にももちろん、他の土地と同じように、高齢化や少子化といった課題もあるが、それでもここで営まれる人々の生活には笑顔が宿る。今も残る商店街が、足を運んでくれる人のためにお楽しみ特典ありのスタンプカードを始めてみたり、伝統のソウルフードを楽しめる食堂が元気に営業していたり、町の歴史や営みを広くPRするイベントが開催されたり。それぞれが互いに助け合い、そこに笑顔が溢れる。そんな田舎の良さに魅了されてか、観光客もあとを絶たない。

今もこれからも、変わらないライフスタイル。

歴史を重んじ、伝統を守り、日々の変わらない日常の積み上げこそ、スローライフそのものもの本質ではないだろうか。

移りゆく時代の中で、陶芸の町を守り抜く多くの知恵。

平成5年この実績と伝承が認められ、会津本郷焼は、陶器・磁器ともに伝統的工芸品産地として、窯元の陶芸家も伝統工芸士として、通商産業省(現在の経済産業省)より指定を受ける。現在、本郷地区に残る窯元は13ヶ所。東日本大震災後は、東北一の現存数。素朴な美しさと使い勝手の良い陶器、純白に優雅な文様の磁器といわれる本郷焼の伝統は、時代時代の陶工たちの手により、細くも脈々と受け継がれている。

近年は、古くからの技法を受け継ぎながらも、窯元独自の個性の豊かさが新たな魅力として際立っている。例えば、透き通るような純白色に魅了され、時計などおおよそ浮かばない代物までを白磁で制作するところ。主流の明るい茶色の飴釉や白っぽい色味の灰釉のみならず、ブルーやピンク、イエローといったカラフルな釉薬を使用するところ。子供や若い女性に受けるキャラクターやモチーフの絵付けをするところ。釉薬を流しつけ自然な文様を編み出すところ。平坦な模様付けではなく、ぷっくりとした凹凸をつけ絵付けするところ。

もちろん、伝統的な椿絵や風景描写を守り抜く窯元もあるが、窯元によって、現在の作品は実に多くの個性が光る代物で溢れている。その証として、ここ数年のせと市に若い世代の人々も多く見受けられるようになったことが挙げられるだろう。

とはいえ、移りゆく時代の中で、陶芸の町を守り抜くには、多くの知恵を必要とする。

後継者不足などの問題により、窯を閉めるところも少なくない。陶芸家として黙々と陶磁器を作り続けるためには、ある程度安定した入りも考えなければならない。

例えば、磁器は電気絶縁物ともなりうる。電柱の周りに電線を固定する際に試用する「がいし」製品の生産を請け負う窯元。都心のトレンドに合わせ、若者受けする手頃なものや、カフェ等飲食店向けの品を生産する窯元。夫婦や個人で独立し新たな窯を立ち上げ、本郷焼の魅力の幅を広げる動きを始める窯元。これまで蓄えた陶芸家としての知識と知恵を活かし、伝統を受け継ぎ、新たな魅力を展開していこうとする熱い想いは力強い。

ある窯元は言う。子供の頃から校歌に歌われ、陶芸部が当たり前に存在する町。それを思い出す機会がある度に、この歴史は守らなければならないと思う、と。

歴史は強い。ではなく、それを紡いでいこうとする人の想いが勝るからこそ、歴史となる。

そして、また今日も、会津本郷焼の窯元は、ろくろを回し、窯に火を入れている。